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2018-06-05(Tue)

麺麭(パン)の思想  

 パンを作りながら深めてきた思索のあとをまとめてあった文章です。
 読んで感想をいただけると嬉しいです。


『麺麭の思想 その1』

 天然酵母パンを世に送りだすようになってから、いつの間にか40数年がたった。
一九七四年(昭和49年)の春、パン屋など、一度も見たことも覗いたこともない私の工房にでっかいパン釜が現われた。このパン工房は、それまでは木工所で、私は絵画の額縁をここで作ってなりわいとしていたのである。
その数年前から私は楽健法と食養、ヨ−ガや瞑想などいろんな健康法を実行して十年来の喘息を克服し、主として玄米菜食をしていたが、玄米を美味しいと思うほど、まだ玄米食に馴染んではいなかった。 子供の頃から、パンとさつまいもは、ひどく胸焼けがして口にはしなかったので、パンとは全く無縁の暮らしであった。

 人間ながい一生の間には、いつどんなことがおっぱじまるか分かったものではない。
 その頃週に三日ぐらいは、大鋸屑を酵母で醗酵させ、砂風呂のように穴を掘って、ほかほかと温かい醗酵した大鋸屑のなかに、首だけだして埋めてもらう、酵素風呂へ通っていた。この酵素風呂にゆっくり入ったあとで楽健法をやると、鬼に金棒とでもいうほど、筋肉が楽にゆるむ。病気を直すというのは、筋肉の硬さをほぐし、循環を良くしてしまえばいいわけである。

この考えにたって、病人に酵素風呂の後で楽健法を施してみると、面白いように効果があがる。これに食養が加わると、医者も薬も不用といっていいほどである。後に楽健法と命名して、世に知られるようになった健康法を、そこでいろんな病気で苦しんでいた人々に、奉仕活動として試みさせて頂いたわけである。

 楽健法は、他力で他人に踏んでもらうから、だれにもさして抵抗はないが、食養はそのひとの思想や、人生観の問題で、玄米菜食などということになると、なかなか抵抗は大きいひとが多いものだ。玄米と聞いただけで、眉をしかめるひとも少なくない。

 ある日そういう話をしていたら、そこの経営者が、どんな病気でも直ってしまうおいしいパンを作れますよと、世間話をしながら口にしたものである。玄米などよりずっと美味で、消化はよく、腹持ちもよく、胸焼けなどしないばかりか、便秘もじきに直るという。

 まことに耳寄りな話だから、私が作ってみようかという気になったのも当然かもしれない。
 それまで、パンとはなんであるかなどということは考えたこともなかったし、どんなふうに作られ売られているかということなども、まったく視界の外にあって、あのようなまずい胸焼けするようなものを買って食ってるひとを見ると、半ば軽蔑していたぐらいであった。

 そんな人間が突然パンを作るなどと言い出したものだから、まわりはびっくりしたに違いない。数日の間に家庭用の電気オ−ブンから、パン作りの道具一式が台所に輝いたことはいうまでもない。これから私が作ろうとしているのは、いわゆる天然酵母パンというもので、市販のパン屋さんが売っているイ−ストによるパンとは、全くクオリティの違う醗酵食品である、などということに気付いて愕然とし、現代の食品のさまざまな問題点が見えるようになってくるのはまだすこし先のことだが、私は台所で、実験室のなかの科学者のように、天然酵母の醗酵と取組みはじめたのである。

 一九七二年のことで、世は高度成長期のまっ盛り、まだ自然食品などというのは、一般に関心など薄く、有害食品を並べた大形ス−パが各地に広がり始めた頃である。

 パンというものはおいそれと定義しがたい多様な存在で、じつにいろんな作り方があって、時代により、地域により、風土によって、異なるものである。しいて定義すれば、穀物の粉を水で混ねて、火で焼いたものというべきか。醗酵させたパンと、無醗酵パンとに分類することができ、大方のパンの本には、現代のパンイ−ストを使ったパンは、醗酵パンのなかにいれてあって、何の疑問もだれも抱かずにそう思っているが、私が天然酵母パンと取り組んで、まず気付いた最初の問題点、疑問は、パンイ−ストを使った現代のパンは、厳密に醗酵学的な定義からいえば、醗酵食品とはいえないのではないか、ということであった。

パンイ−ストはまたの名をインスタントイ−ストともいい、酵母がある条件のもとで、炭酸ガスをだす、そのガスを小麦粉のグルテンに包んで膨らませる、膨らし薬の役割を担っているに過ぎないということに気が付いたわけである。あれらのパンは模造醗酵食品ではないかということだった。
                        

麺麭の思想 その2
                     
 食品に黴が生えることはだれでも一応知っていて、黴が生えてきたら食品に変敗がはじまり、食べられないということは常識だが、パンにももちろん黴が生える。現代のケミカルイ−ストで作られたパンは、防腐剤を使っていてもあまり日持ちしない。

もちろん防腐剤の使用量を増やせば、黴が生えないようにできるが、そんなことは人間にとって危険きわまりないことで、防腐剤など食品添加物の許容量は厳しく決められている。
 市販のパンは夏場だとその日のうちに食べてしまうべきで、三日もはもたない。
 パンは足の早い食べ物だと思っていて間違いはない。しかし、天然酵母パンはけっして足のはやい食品ではなくて、日持ちがきわめていい。夏場でも一週間は黴がやってこない。 

天然酵母パンを試行錯誤しながら作りだして、はじめに気付いた不思議が、なぜ市販のパンは足が早く、天然酵母パンは日持ちがいいかということであった。

 もちろん天然酵母パンには、一切の食品添加物など用いたりはしない。私の作るパンはリンゴ、長芋、人参、玄米ごはん、砂糖、塩、小麦粉、水のみで、これをジュ−ス状にして味噌よりやや柔らかく調整し、醗酵させるやり方で、これをパン種とよんでいる。醗酵のスタ−タ−は、いつも前回のパン種を一定量残して次回に加えていくのである。

 パン種は、32〜3°Cで一晩醗酵させる。朝パン工房へ行くと、パン種はぶくぶくと泡をだして、顔を近づけると、プ−ンとアルコ−ルのいい匂いがして、酔っ払うかと思われるほどである。これはパン種に使った材料の糖分を酵母が分解して、アルコ−ル醗酵している証拠で、美味い日本酒のようなアルコ−ルの匂いがしないで、酸っぱいような匂いがしていたりすると、酵母の醗酵としては失敗でパンも美味しくない。

出来上がったパンも酸っぱくなる。始めの頃は、どうしても酸味の強いパンになって、なかなかいいアルコ−ル醗酵にならなかったものである。

 こうしてよく醗酵したパン種をもとに、ドウ(パン生地)を捏ねる。このドウをまた醗酵させる。醗酵時間は2時間10分以上かける。これを第一次醗酵というが、この作業がケミカルイ−ストだと、添加物を使わないと四五分かかり、醗酵補助剤を使うと、時間は好きなように短縮できるのだ。30分でも、15分でも、最短7分まで
短縮が可能なのである。

 この醗酵時間という言い方がそもそも問題であって、天然酵母パンの2時間10分以上というのは、酵母という微生物が、与えられた栄養物(培養基)を分解して、まったく別の化合物に変化させている時間なので、この行程を経て、酵母そのものも爆発的に数を増やし、高蛋白質の栄養食品と育っていくのである。

 ケミカルイ−ストの場合は、使った材料が時間をかけた醗酵によって、別の化合物に変化するというプロセスが、手抜きされて、単に酵母がだす炭酸ガスを借用して、水で捏ねた小麦粉を膨らませ、それを焼いてパンと称していってるわけだ。

 天然酵母パンになかなか黴が生えず、市販のパンにすぐ黴が生える理由は、じつはこの醗酵が本物であるか、膨らますために炭酸ガスを利用するだけのインスタント醗酵であるかというこの差に秘密がある。
 醗酵とは定義すれば、使用した材料を微生物のはたらきによりまったく別の化合物に変化させること、であって、小麦粉を水で捏ねて膨らませパンのかたちに焼きあげることではないのである。

 ケミカルイ−ストのパンにすぐ黴がつくのは、酵母が材料を膨らませただけで、分解して別の化合物に変化させていないためで、じつは黴も酵母も同じ栄養を培養基として育つため、天然酵母パンのように醗酵が十分に行なわれた場合は、黴が生えるための培養基を酵母が分解してしまって黴のための栄養が残っていないからである。

 醗酵によって材料を別の化合物に変えていくことを、醗酵がすすむというわけで、いい味わいに醗酵してくることを熟成するともいう。こうして熟成させた、ふかい味わいとフレ−バ−(かおり)をもったパンをこそ天然酵母パンというのである。

 ケミカルイ−ストではこの味わいは絶対にでてこない。天然とは自然の営みによるパンということで、自然にものが育つには、必要な時間を必要としているので、人為的に自然の営みを短縮などすると、いいものはつくれないのである。はたしてこれはパンだけの問題であろうか。         


麺麭の思想  その3

 最近は自然食品店などへ行くと、天然酵母パンという名で売られているパンが目につくようになった。
 また天然酵母パン用の乾燥イ−ストなども市販されていて、家庭で天然酵母パンをつくるひとも増えてきている。
 市販されている天然酵母イ−ストを使って、かなり大がかりのパンの製造をしている組織や、会社もあるようだ。

 しかし、ラベルに天然酵母パンと書いてあっても、みんな同じような質をもったパンではないので、醗酵食品の定義として私が前回に書いたように、(使用した材料を微生物の働きによりまったく別の化合物に変化させること)という天然酵母パンの理想的な作り方からいえば、落第のパンのほうが多いというのが現実である。

 市販されている天然酵母パンイ−ストというのは、イ−ストを添加物や化学薬品を使わずにマッシュポテトなどで、自然食品のニ−ズに合うよううに製造してあるというだけのことで、パン作りの方法はケミカルイ−ストと同様にインスタントイ−ストであることに、変わりはないのである。

 これらのイ−ストではパン生地は45分でふくらみはピ−クにたっする。私のやっている材料全部が醗酵の培養基になるような方法だと130分という時間がどうしても必要でこの時間をかけてはじめてパンのうまみが熟成されるのである。

 時々そうしたインスタント天然酵母パンというものを、どこかで買ってもってきてくれるひとがいて食べてみるけれども、私の焼いているパンとは、まるで味も香りも異質のもので、とても口にはいるようなパンにはなっていない。しかし普通のパン屋さんのケミカルイ−ストのパンをいつも食べているひとにとっては、それよりもおいしく食べられるようである。

 ひとはそれしか知らなければ、それが最高と思うほかないのであって、ケミカルイ−ストを使ってパンを作ることを、パン作りの当然の方法と思ってやっているひとは、いいパンを作るために、どんな粉を使うかとか、いろんな野菜を使ってみるとか、いろいろ工夫はされるようだが、パンのほんとうの旨味は、醗酵による熟成のみが醸しだすのだということを知らないのだから、せいぜい材料の持味の差ぐらいの味しか作りだせないのである。

 これは文化というものがひとたび定着して、生活様式のなかに溶け込んでしまうと、それ以外の方法などは、忘れ去られてしまうので、古き良きものではなくて、悪しき新しきものが生活を支配していても、そのことに何の疑念も抱かなくなるのだ。

 パンを作るひとは多く、パンの作り方の本も沢山出版されているけれども、パンイ−ストそのものの質を問題にしたり、パンを醗酵食品と呼称しながら、実はインスタント醗酵であることのデメリットについて触れるひとは皆無である。
 そのパンがうまいか否かはどんな材料を使ったかなどということよりもどのような醗酵をさせて作られているか、ということを、観察することが大切である。

 インスタントイ−ストで作ったパンは、それがケミカルイ−ストであれ、天然酵母のイ−ストであれ、似たり寄ったりなのである。
 後者の方が安全度が高いということは、間違いないが、即席パンであるということはほんもの志向でパンを作り続けてきた私には、物足りないことおびただしい。

 私の独断だと思うひともいるかも知れないが、醗酵食品は完熟させて、はじめて醗酵食品としての質的な価値をかくとくする。

 未熟な醗酵食品は完成品ではなく、中途半端なものであることを忘れてはならない。醗酵食品が完熟するには時間が必要で、たとえば醤油だと、約2年半ぐらいはかかる。しかし、醤油のメ−カ−によってはそんなに時間をかけることはできない。
 大手になるほど、はやく商品化したいので、3か月ぐらい醗酵させると出荷するようになる。
 完熟していない醗酵食品には、未熟な成分が残っていて、これに黴がつくことになる。
 そこで、防腐剤の出番となるわけである。

 よく、主婦たちの会話のなかに、この醤油は黴が生えるから、添加物のはいっていないいい醤油だわ、などというひとがいるが、これは間違いで、まだ完熟していない未熟な醤油である証拠なのである。しかし企業にとっては、時間をかけるということは、金をかけるということに他ならない。金のかかったものは、売値が高くならざるを得ない。

 自然食品店などで売られている醤油などが、ス−パ−で売られている大手のものに比べて値段が高いのには、そのような背景があることを消費者も知っておく必要がある。
                       

麺麭の思想 その4

 パンの思想というテーマでこの文章を綴ってきたが、現代のパンイーストによるパン作りの方法論、思想は、ただパンにかぎらず今日の食品産業、農業から、工業、医学、にいたるまで現代科学の思想、方法論の上に成り立っている。科学的な思想方法論は二十世紀の人間生活の土台を強固にかためて、それなくしては今日の先進諸国の発展は約束されなかったろう。

 しかしこの発展の陰には、非常なまでのおおきな犠牲が払われてきたのである。
 科学は、根源的に大切なものにたいして、思考を深めてきたのではなく、目先の方法論や技術の発展に汲々としてきた。
 人間のくらしのありかたが、本来如何にあるべきかという考察などなしに、いきなり先進技術や新しい食文化などを旧来のくらしのなかに持ち込むと、一時は何かが良い方へ変わったかに見えても本質は生活を根底から破壊してしまっていることが多々ある。

 そういう例は枚挙に遑がないが、いま日本中のこどもたちを苦しめているアトピー性皮膚炎にしても、その一例である。
 アトピーという言葉は《なんだかよくわからない》という意味のギリシャ語だそうだが、アトピー性皮膚炎は、敗戦後の日本の食生活の急変の結果もたらされた病気であることは間違いない。

 戦後の日本人は西洋人の食生活に比して、肉食の不足、牛乳の不足が叫ばれて、高蛋白質、高カロリーの食品を摂取することを盛んに奨励されて、肉食大好き、牛乳、卵大好き、野菜大嫌い人間を大量生産してきた。アトピー性皮膚炎はまさにその真っ只中に育った世代と、その二代目世代の不幸な産物である。明治生まれ、大正生まれ、昭和一桁から戦争中に生まれた世代には、アトピー性皮膚炎はほとんどない。

 ちなみにインド、ネパール、スリランカのこどもたちには、アトピー性皮膚炎などという病気はほとんど見られない。
 世界中の国について、アトピー性皮膚炎の有無を調査したら、なにがアトピーをもたらしたかということは、たちまちはっきりするに違いない。アトピー性皮膚炎は、多様な生活の変化によるストレスと、とりわけ動物性蛋白質の過剰によって、筋肉の硬化を招き、血液と体液の循環が阻害されて、強い便秘を伴って、不浄物を十分に排泄できなくなり、皮膚から、湿疹として不浄物を排出しているのである。

 私は楽健法という健康法を長年提唱し、その普及に努めてきたがそこで出会った多くのアトピー性皮膚炎のこどもたちは、例外なく上記の状態を示していて、筋肉をゆるめてやり、食生活を意識的に変えると、短時日で回復する。

 どうしてこれをアトピーなどと名付けて平気で首をひねっていられるのか、現代医学の無知蒙昧とでもいおうか、不思議極まる不幸な眺めである。
 食生活がおおくの病気の引き金になるということは知っているが、東洋医学の食の考え方やアーユルヴェーダ医学の食の考え方と、現代の西洋医学的立場の食の考え方は大巾に異なり、われわれの栄養学は、栄養はおおく摂るほど良い、という大原則に
のっとっている。食べなければ病気になると考える。

 高栄養のものを、バランス良く食べたら健康で、白人にも互して遜色のない身体を作り得ると奨励しつづけていまだやまないのが現実である。これは、欲望充足を優先するという考え方で、多く食べて、他人よりより大きく、早く大きくな〜れという思想である。
 佛教の教える食べ方では、腹六分目などというが、セーブすることよりも、与えることと、与えられること、を優先する日本のような社会では、物も胃袋もつねに満タンにせずには納得しないのである。

 食べたいだけ食べて、やりたいことをやり、病気にでもなれば、そこは都合よく医者が引き受けて治してくれる。
 基本的にそんな考え方で暮らしている日本人に、粗食で小食などということを説いても、食生活についての東洋医学的な考察などは無視されて一笑に付される。

 癌による死亡が年々増えていっても、こどもの成人病が増えていっても、原因は顕微鏡のなかに発見すべきことがらで、環境も含む食生活など問題とはしない。これは医師であれ患者であれ、ほぼ同程度の意識しかもっていない。
 いろんな病気の特効薬を研究するが、おなじような環境に暮らしていても、病気にかからない人とかかる人との差はどこにあるのか、などという方面には、目を向けない。

 第三文明が叫ばれるようになって久しいが、真の科学思想の夜明けはまだまだ遠い。
                      

麺麭の思想 その5

 健康を追及することは平和を追及することである。健康は幸福の大きな要素であり、だからこそ人間は健康を追い求める。人間がなにを幸福とするかは、時代により国により人によっても異なるが、世俗的な唯物的な経済力さえ充実させれば幸福が手には
いるという考え方が、永年人間を支配してきた。

 幸福とは望むものを手にいれて満足することだが、心を満足させる条件は、ピンからキリまで無数にあって、人間は容易に満足感を抱かない。
 欲望は海のように広く深くて、はてしがないのである。人類というもの全体が、総じて持つ欲望というものもあり、国家の持つ野心、欲望というものもある。人間の行為とはいつもこの欲望の満足のためにおこなわれる。

 欲望充足の最大の悪事が、侵略戦争である。

 侵略は会社を乗っとるどころの騒ぎではなくて、するほうもされる側も多大の犠牲者がでて、ながい目で見れば、得るところの物よりも、失ったもののほうがはるかに大きいのだが、時の為政者は野心のために常に虚しい権力をふるう。過日、日本は侵略をしたのではない、などと発言して首を切られた大臣などは、とくに不勉強で認識が甘いというようなことではなくて、時の為政者というものの歴史の認識は、つねにその程度のもので、いつでも蛮勇をふるって、そっちの方へ国民をいざないかねない危険性を、常に孕んでいると認識すべきである。

 昨日いっていたことが、明日にはひっくりかえるのは、日本の政治の常態であって、朝鮮を始めとするアジアの人達が、日本を信用しないのは、そのような日本人の本質を誤たず見抜いているからである。

 責任を取らないで、なしくずしにことをすましてしまおうとするのが、日本流のやりかたで、その分、他人の責任を追及するのもきわめて手ぬるい。言葉をすりかえたり置きかえることで、不条理もまかり通るのが日本の社会である。最近では湾岸戦争のときに多国籍軍ということばを、さかんに使った。
 multinational forcesという英語の訳だが、連合軍という従来のThe allied Forcesではなく、多国籍軍というこのような言葉
に置き換えて使うことで、世界の国の湾岸戦争協力をやりやすい方向に導こうという、世論操作の目的が感じられる。高校生が親に物をねだるとき、だれでも持っている!といういいかたをよくするが、多国籍という言葉は、みんながそこに入っているよ、という含みを感じさせる言葉で、まことに名訳である。

 頭のいい官僚の訳語だと思うが、為政者が自分の目的を達成するためには、庶民の知恵などでは及びもつかない深読みをしているので、鵜呑みにしていてはいけない。

 やったことを認めないという、政治家の資質は、国会の証人尋問などを見ると明白だが、権益のためにはおおいに努力し、責任を取ることに関しては口をつぐむという、日本人の体質、またそれらを許してきた国民性にも問題がある。

 南京虐殺にしてもそうだが、日本には当時の兵隊として南京で虐殺に参加した人が、大勢まだ元気でいるはずだが、「私は南京でこのようなことをした」とたとえ匿名にしろ告発する人が現れないのはなにゆえであろうか。

 数年前のことだが、鞄やハンドバックの縫製職人をしている老人が、楽健法を受けに私のところに来たことがある。
 いつも体調が勝れなくて、半病人なのだが病院へいってもとくに病名がつくわけではなく、医者も元気を取り戻すような治療はしてくれない。いろいろと薬はくれるけれども、効果はないという状態だった。

 この老人は自分がこのような病気になるのは、あのときの罰があたっているのだろうか。といって話し出した。
「自分はそのときはたち過ぎで、南京事件のときの兵隊でした。いっぱいわるいことをしました。クーニャンをたくさんみんなで強姦しました。やりほうだいだった。そしてたくさん殺しました。
 どうしてあんなことが平気で出来たんだか、思い出したくはないけれども、いまだにうなされるのです。

 からだがこんなふうになったのはたたりをうけているのです」
 小柄な四十数キロの体重しかないものしずかなその老人は、そういいながら罪の呵責におののいていた。このような苦悩を抱えながら、自分の健康や幸福を追及する権利があるのだろうか?
 この老人はそう自責にかられるというのである。
 
 政府が、侵略によって犯させたこのような罪を、個人がつぐなう道は、あるのだろうか。いわんや、事件そのものをでっちあげだなどと口にする政治家などが跡を絶たないようでは、日本人は怨恨という借財を背負ったまま、未来永劫にわたって救われない。
 
 素直であることが健康と幸福、平和への道である。
                       


麺麭の思想 その6 点滴天敵論

 最近は人間の臨終のありかたが、いろいろ論議されるようになった。かつては日本人は畳の上で往生するということが、人生の良い終りかたで、死の理想的な姿であった。
 今日では自宅で死を迎えられる幸運な人はすくなくなり、大多数の人々は病院で死を迎える時代になった。
 しかし自宅で死を迎えるのにくらべて、病院で治療を受けるのは何倍もの苦痛を覚悟しなくてはならない。
 死に臨んで如何なる医療を受けるか、ということは患者にとってはまことに深刻な問題である。この問題を考えるとき、三つの立場があるといえる。病院と患者とその家族である。

 なかでも最も困難な立場に立たされるのは、患者本人で、患者の希望や意志は、どうかすると医師からも家族からも無視される。 強い立場にあるのはいうまでもなく病院で、家族も患者も、どのような治療を望むかというようなことに関して、ほとんど発言権を持っていない。

 人間はだれでも苦痛は避けたいという強い願望がある。病気によっては強い苦痛が生じたときに、これを薬によって軽減させてくれたら、医療というものの有り難さを経験することになるが、病院というところは、患者本位の有り難い医療のみに専念してくれるところではない。

 病院は採算を度外視して、病人を救う人道的な立場をとるのではなく、経営が成り立つために、患者にとってその治療が必要であるかどうかに関係なく、一定の治療行為を患者に与える。

 患者をベッドに寝かせて静かにほっといてはくれない。のべつ幕なしに検査をやり、休むことなく点滴を施す。
 患者にとっては、執拗に繰り返される検査やそのための採血、点滴をはじめ、マカロニ人間などといわれるほど、身体のあちこちに管を差し込まれたりして、痛ましい限りではあるが、患者がこれをいくら嫌がったとしても、中止してくれるなどということはまず望めない。

 家族が要望しても、ほとんど要れられることはない。私自身も身内の付添いをして、医師と激しくやりあった苦い経験があるが、まったく相手にしてくれず、臨終間近い患者を挟んで、そんなにいうならこのまま連れて帰ってください。ただし死亡しても絶対に死亡診断書は書きませんから、と脅迫されたことがある。

 患者の死の二日前のできごとであった。

 尊厳死などということを望むひとが増えたということは、過剰で過激なまさに暴力的な医療からの逃避の願望の現れだが、尊厳死などということを、死の直前になって主張するのは、考え方が甘すぎる。

 尊厳は病院の門をくぐったときから、初診で医師の前に座ったときから、主張されるべきことがらである。経営中心主義の病院には、尊厳などは初めから存在しないと知るべきで、ひとたび入院したら、点滴と検査漬けの医療が待ち受けていることは、覚悟しているべきであろう。
 ほとんどの患者に点滴を行うのは、どこの病院でも見られる光景である。どのような病気のどのような容態の患者に点滴が必要なのか、などということは、全く考慮のほかで、入院患者には点滴をするものであると経営方針として決定している病院のほうが多いかと思う。

 私はここ二十年来、病院の異常とも思える点滴のやり方に疑問を抱き、アーユルヴェーダ研究会でも幾度もこの問題を取り上げてきた。
 点滴を本当に必要とする容態というのは、脱水症状を起こしているとか、食物をまったく自力で摂れないとか、ごく少数の患者しかいないはずで、自分で小便ができ、自分で食物を食べられる病人に、点滴などはナンセンスなのだ。

 人間の身体は、神様は口から食物を摂るように作ってくれているが、血液に直接ものを入れるようには設計してはいない。まして体温よりもかなり低い温度の液体を、冷房の効いた病室で血管に流し込まれたりしたら、身体はたちまちバランスを崩すことになる。

 点滴は自然治癒力を失わせる最大の要因だと考えるべきである。

 まだかなり元気なお年寄りが、入院したかと思うと、十日もしないうちに死んだりするのは、ほとんど点滴によって、急激にバランスを崩してしまう故だと、私は想像しているが、病院ではすべて疾病の故にしてしまうことはいうまでもない。

 点滴をほとんどの患者に行うのは、患者にそれが必要不可欠だからではなく、病院の売上げに必要不可欠だから、ということを患者として、病院の門をくぐる人は、よく心得ておくべきである。
 病人にとって、必要にしてかつ十分というような医療になったとき、病院での尊厳ははじめて存在するといえるのである。     



麺麭の思想 その7 点滴天敵論
                        
 点滴は人類の天敵である。などといえば吃驚するひとが多いかも知れないが、良いということを前提や建前にして実は誤ったことをしているとしたら、こんな恐ろしいことはない。前提が間違っていれば、間違った結果がもたらされるのは論理的に必然ともいえる。

 私が点滴の怖さに気付いたのは、勿論自分が体験したことによる。昭和四十一年の秋に小さな交通事故を自分で起こした。
 雨の降っていた夕暮れ、ちょうどライトをつけたくなる暗さで、狭い二車線車道の対向車もライトを照らして、前方の見通しが悪いなかを走っていたとき、肩を組んで道路の真中を酔って歩いているらしい、三人組の男たちの姿がすぐ目のさきの、私のライトに不意に浮かんだので急ブレーキを踏んだところ、車は反対車線の対向車のトラックの前を横切って、民家のガレージのコーナーに突っ込んでしまったのであった。

 このときトラックと正面衝突にならなかったので命拾いをしたわけだが、ハンドルで腹部を打ったためにお腹を押さえ込んでうなっていて動けなかった。だれかが救急車を呼んでくれて、近くの救急病院に運ばれた。

 腹部のレントゲンを撮ったあと、ベッドに寝かされると、それ以上診察もしないうちに看護婦はいきなり点滴注射をセットしてやりはじめたので、「どうして点滴注射などするのか、そんな必要はないと思うが」と質問したところ「決まりになっていますので」と涼しい感じでかわされさっさと姿を消した。

 こうして私の人生でたった一度きりのたった一夜きりの入院生活体験が開始された。
 点滴が始まって十五分ほどたつと、からだが冷え始めて猛烈に尿意を催して我慢できなくなったので、看護婦を呼んでトイレに行きたいので点滴をはずして欲しいというと、すぐにはずしてくれたので、はずすやいなや便所に駆け込んで、しこたま放尿してきた。

 また点滴が再開されて、十五分ほどたつとさっき出したばかりなのに、また我慢ができなくなり、看護婦を呼んではずしてもらい、便所に駆け込んだ。こうして一回の点滴注射が終わるまでに数回トイレに通ったのであったが、あげくには看護婦が
「またですか」 と露骨にいやな顔を見せるようになった。

 「点滴のせいですよこれは、やめてもらえませんか」 というと「勝手にやめるわけにはいきません、病院の決まりですから」という。
 そういいつつ、点滴液が空になると、また新しいのを運んできて、取り付ける。
 ぼくは元来我慢強い男だが、満タンになった膀胱は我慢して耐えるわけにはいかず、十五分ごとに看護婦を呼んでは、便所に通った。
 ベッドに横たわって次第に増してくる冷えをじっと怺えながら考えたことは、点滴によってこんなにも身体が冷え、小便がひんぱんに出るようなことを続けることは、治療というよりは一種の拷問ではないか、ということである。もし体力の乏しい老人などにこんなことを続けたら、生態バランスがたちまち崩れてしまい容態が急激に悪変するのではないかという自問自答であった。

 さほど重体とは思えない老人が入院するやいなや、数日のうちに死亡したりする事例によく出会わすが、あれらは、点滴注射による生態バランスの破壊によるものではないか、という疑問が自分の現に起きているこの冷えと頻繁な尿意を考察することで、次第に確信に変わってきたといえる。

 私は腹痛もじきに治まり、こんなことでここに捕まってしまえばろくなことにはならないと思ったので、朝になるとさっそく退院する決心をした。看護婦は何度目かの点滴を取替え、私はやはり何度かトイレに通いながら朝を待ちかねた。十時過ぎた頃だったか医師がやってきて 「山内さん、あなたに大変なことが起こっておりますよ」 という。
 「いったい何が起こっているのですかと聞くと「背骨がつぶれていて、このぶんでは下半身不随になってると考えられます。歩けないでしょう」という。
 「冗談じゃない。昨夜からもう十回以上もおしっこにトイレへ歩いていきました。もうどこも異常など感じないので、すぐに退院いたします」というと、信じられないという顔をしている。

 医師はすぐに手術でも始めたいような勢いだったのである。まさに我慢の限界に達していた私は、自分で点滴をはずして、さっさと支払いを済ませ退院することにした。
 医師はそれ以上なにも言わなかった。

 言える道理もなかったろう。数か月経ってから市役所の保険課から、一枚のハガキが届いた。それには、あなたは十月にあの病院に入院されましたが、その時、脳の手術を受けましたかという問い合わせだった。
 返信用のハガキもない、電話番号も記していないそのハガキを私は立腹のあまり無視してしまった。


麺麭の思想その8 点滴天敵論

 点滴というものをわたしがはじめて知ったのは、まだ子供だった昭和十年代の半ば頃のことで、大人の会話を小耳に挟んでそれがリンゲルと呼ばれる大がかりな注射であって、病人が病院でそれをやられるようになると「あの人もそう長くは持たないみたいみたいですね」という会話が、井戸端会議の大人たちの間に交されるようになるものであった。

 医院や病院などというものは、わが家のような貧しい家庭ではほとんど無縁の存在で、わたしなども医者や病院は金持ちの行くところであって、わが家はそんなところには無関係だと思って成長してきた。父は喘息持ちであったが、医者に通う姿などついぞ見たことはなく、発作が起きるとエフェドリンの注射を自分で打っていたのを覚えている。

 わたしの医者にかかった体験は、魚の骨を咽喉に引っ掛けて、飯をまるごとかためて飲み込んでもとれずに苦しむので、母が私を背負って医院に連れていき、アーンと口を開けて舌を金属のつけたい箆(へら)で押さえられて、平たいピンセット状の道具で、あっという間に抜いてもらったのが二回あるきりで、爾来、魚の骨のあるものは敬遠するので、母は魚を骨抜きにしてからわが食前に供してくれるようになた。

勿論のことだが、私の出産は自宅において産婆さんにとりあげられたので、魚の骨抜きが西洋医学初体験というわけである。

 多くの人がちょっとした身体の変調で医院や病院の門を手軽にくぐるのは、めったなことでは医者の門をくぐらない当時の生活をいまだに保っている人間から見ると、奇異の一語につきるだろう。明治生まれの母親たちには子供の風邪による熱ぐらいで、およそ慌てるなどということがなかったのかも知れない。

 第一に医者というところは、大金の掛かるところで、おいそれとは門をくぐるわけにはいかなかった、貧乏人の子沢山の貧しい暮らしぶりだったのである。そのぶん生活のなかに民間療法などがいろいろ生活の知恵として生きていてた。私の母などは呪術に長けていたので、私が熱を出しても枕元でいつも呪文を数分唱えるだけであったが、かならず翌朝には効果がてきめんに現われたものである。

 健康保険が完備して、医療費を患者が支払わずに済むようになったということが、患者にとって病気をしないような生活の在り方に対する自覚を失わせた最大の要因であろう。欲しいままな生活を送って、病気になると都合の悪いところだけを医療が解決してくれる思い込んでいるような暮らしをし、病院に通っても自分の治療費が幾らかかったかということにすら無関心で済ませられるのである。

 医療者の側も患者が保険証さえ持ってくれば、患者から支払いがえられるかどうかなどという懸念はなく、どちらも親方日の丸の感じで対応している。

 この健康保険制度こそ今や諸悪の根源という様相を呈していて、使い放題、取り放題という感覚の医療がまかり通っているのである。もし医療費を自費で払うものと仮定すれば、今日の高額医療を受けられるような経済力を持っている人はざらにはいないだろうし、患者も予防医学にもっと関心を高めざるを得なくなる。

 病院のすべてのベッドに点滴がぶら下がっているような風景を、異常だとも感じない現代医療は、親方日の丸なのだからとらなくては損という露骨な風景で、点滴はどのような容態になった患者に必要とするかという、基礎的な医学知識をも無視したものであることを、ほとんど問う人もいないのが現実である。

 まれに病院に見舞にでも行くと、若い元気そうな男性が、点滴のホースを身につけたまま、片手に点滴液のガラス器具をぶらさげた鉄棒を持って、廊下や待合室で煙草を吸ったりしているのを見かけるが、あれらが点滴治療を必要とする病人なのかと、首をかしげざるを得ない。
 こんな異常な風景がなんの懸念も持たれずに見過ごされたり、大量の薬が投与され続けながら少しも治癒しないでいることにも疑問を感じず、長期にわたって医療を受けるほどますます病状が悪化の一途をたどっても、なおやり続けるだけという目にあっている患者をみると、医学の進歩などという幻想の餌食にされて、病院に金を貢いでいるだけと言わざるを得ない。

 医療科学技術はもちろん進歩することが望ましいが、医療の思想も深められ、人間らしく扱われる医療でなくてはならないのはいうまでもないことである。
 利益追及の病院経営であっては、患者にとっては病気の回復よりもリスクのほうが大きい。いざ自分が病気になったとき、そのような病院しか周りに見い出せない救いのない現実に恐怖を覚えているのは私だけだろうか。 




麺麭の思想 その9
                        
 人間はいろんな立場、いろんな角度からものを見ることができるし、その能力ももっているはずだが、近代以来の教育制度のなかで培われた現代人は自由に自分の目でものを見ることを放棄しているひとが多い。
 専門家というものは自分の分野には通暁して、さすがに専門家でなくてはこなせない得難い存在ではあるが、専門馬鹿ということばもあって、自分の専門以外については、まったく関知しないということも多い。

 私が長年にわたっていろいろ教えをうけたアーユルヴェーダ研究会会長の衛生学者・丸山博先生は、反可通をこしらえてはいけないということと、素人の意見によく耳を傾けなくてはいけない、とことあるごとに口にされる。

 人間はその時点で自分の信じていることを、最高で唯一無二のものだと思い込みがちなのである。
 ましてや、最高学府で学んで来た学問に関して、自ら疑問を呈するという批判精神を抱くひとは多くはない。

 医学の場合は、開業医であれ病院勤務の医師であれ、現代医学のシステムは、それが所得につながり、儲けにもつながっているのだから、自分のメシの種になるものを、批判的にみることなどほとんど有り得ないのだ。現代の教育は与えられたものに、疑問も持たず抵抗も覚えない人間に仕上げることのほうに良く成果をあげているようだ。

 現代の学校教育のシステムだけで育った人間には、批判精神の涵養などを期待することなどどだい無理な要求かも知れない。時代に即した、生きることに巧みな人間を作りあげることにひとびとは汲々としている。

 批判精神を旺盛にもった人間は、先天的に自由人なのかも知れない。
 体制のなかで、巧みに泳いで生きるには、批判精神などは邪魔なものでしかないのだろう。

 人類が育てあげてきた文明の成果というものになんの疑念も抱かず、それを批判的に口にする、勇気ある人間は社会的に制裁を受けることにもなりかねない。
 私がアーユルヴェーダ研究会で、何度か点滴天敵論についての発表をおこなったときにある元病院長は、「我々は大勢の医師から看護師をかかえており、多大の経費がいるのです。そのためにも点滴はあなたのいうように本当に必要な患者だけ、という
わけにはいかないのです」と発言されたことがあった。

 まことに率直な発言で、現代医学のなかで患者のおかれている状況をよく言い表している。
 文明を持った人類は、それを常に人類の幸福のためにもちいてきたとは限らない。
 文明の利器とは常に凶器であるという側面をもっているということだ。だれのための医療であるのかという原則はここには生きておらず、患者の為の医療という観点が、全く欠落したところで医療が行われているのである。

 この院長の発言は率直であるだけに私にはいっそう怖いものである。

 いまの日本では西洋医学が怖ければ、漢方があるよというわけにはいかないのだ。
 日本には、厳密には西洋医学以外の選択肢はないのである。   
 どのような健康観や思想の持ち主であっても、あそこに入れられてしまえば、それまでなのではないか。与えられる治療に対して注文などはだれもつけられない。末期の医療ではホスピス病院などもなくはないが、望む病院にいつでも入れるわけではない。
 手近の一般病院に入るしか無い。

 病院では自分の思想や信念を放棄して病院のシステムに従う以外はないのが、末期をひかえた現代人の運命である。偶然によってのみ、現代の日本人は畳の上で大往生をとげられるわけである。病院での死は不幸だというのではない。

 核家族化した現代の状況では家庭内看護は望む方が無理というものだ。
 だがもはや延命の希望もなく、死を家族も本人も望んだとしても、点滴をはずしてくれと希望しても、一切無視されて、治療そのものが苦痛でしかないのに、死に至るまでやりつずけるという治療は現実には次第に過去のものになろうとしつつあるようだ。

 私は長年にわたって健康問題にかかわってき、さまざまな現代医学批判をもつ健康思想の持ち主と接してきたが、病気になったら余儀なく入院して、西洋医学のラジカルな手段による治療をしか選べないとしたら、なんと虚しいことだろうかと言わねばならない。

 ほとんどのベッドで点滴をしているような病院を選ぶなと、私はいつも訴えているわけである。
 しかし私のこのような問題提起は、医師たちのみならずたいていの人は顧みない。
 進んだ医学の恩恵に浴しているという錯誤は抜きがたいものがある。
 多くの死の現場の痛ましさを目にしていても、明日はわが身という実感に乏しい。
 原爆ですら使った立場の人間はそれを正当化する。
 苦痛を与える立場の人間には、悲惨の実態は見えてこないものなのである。     



 麺麭の思想  その10

 阪神大震災が、不意を襲って、五千人を越えるひとが、生命を奪われた。心から御冥福をお祈りいたします。
 倒壊した家屋は五万を越える大災害でした。壊滅した自宅からかろうじて逃れ得て、避難所に日々を送る人びとの姿をテレビで見るにつけ、戦災にあった日のまだ煙っている焼け跡の匂いと、すこしでも町から遠いところへ避難しようと、市中から数キロ離れた田舎の道の大木の下で野宿した夜のことをまざまざと思い出しました。

 徳島市の中心部は前夜の空襲で起きた火災の延焼がまだ続いていて、空が赤く染まっているのに、両親と子供五人の一家で、ものも言わずに目をこらしました。七月三日の暑い時期でしたが、その空を見ながら、震えがとまりませんでした。

 戦争と天災とを比較するのは当を得ないかも知れませんが、戦争は明らかに人災であって、避け得ないものではありません。
 地震は避け得ないもので、まさかの時の用意を普段から心がける以外に、方法はないのですが、絶対大丈夫などという人間の判断というものは、なんの気休めにもならない、ということを、こんどの地震は告げています。

 予想をはるかに上回る地震だったからという言い方でしか、解釈しようがないのでしょうが、人智というものは万能ではないという
自覚を謙虚にもつことが、自然のエネルギーに対応する人智の在り方ではないでしょうか。

 この地震が原発の直下だったとしたら、本当に大丈夫だったのか、と思うのは私だけではないでしょう。

 何百年か何十年に一回のことに、そんなに神経質にはなれないのが、人間の性かもしれませんが、大地というものが、こんなにも激しい大きなエネルギーを持った巨大な生き物であること。その表皮の上に寄生虫のようにしがみついて生きているのが人間であることを思い知らされたのです。

 しかしこの地球上には、あちこちでいまなお戦争があり、今回の地震にも増して大きな破壊が日常的に行われていることも忘れてはいけないでしょう。

 人智が及ぶにもかかわらず、悲劇を繰り返すのが戦争と言えるし、天変地異の災害は人智の及ぶ所にあらずというべきかも知れません。テレビだけで見ていた被災地をこの目で直接見てきましたが、家屋の倒壊ぶり、現代建築のま新しいビルにも、おおきな被害の及んでいるのを見ると、地震学者や建築家の地震に対する設計思想を甘かったなどと軽々に口に出来ない思いを持ちました。

 なにが起こってもびくともしないなどというものが、果たして人間に作れるのだろうかと、考えるほうが、正解だろうと思います。

 地震は頑丈なものほど、うまく壊すといえるのです。柔構造、柔らかさこそが、あのような破壊力に対する抵抗力です。
 先日来、地震に対する原発の強さは、一般のビルなどの十倍の強さなどと発言しているのを何度も耳にしていましたが、二三日前のテレビで発言していた学者は、原発は三倍の強さを持ってるから大丈夫だと言っていて、耳を疑いました。

 丈夫さは支払った金額に比例するのかも知れませんが十倍と聞かされていたのが、急に三倍になったりするのでは、なんとも心細くなりました。人智の及ばないことが突発したら保証の限りではありません。 そう言っているのだと解釈すべきなのでしょう。形あるものは必ず滅す、と古人は言い伝えてきましたが、不滅は有り得ないのです。

 自然は惜しみなく与え残酷に奪うものです。

 最近、共生などということばを口にするひとが多くなりましたが、他の生き物と共生するだけでなく、いかなる人種とも、共生すべきなのは言うまでもなく、地震とも共生する術を身につけなくてはなりません。

 気に入らないものを、悪しきものとして排斥する考え方では、人間は自然に適応できません。無理無体に従えることは、なにごとにおいても不可能だと、謙虚に真面目に考えるべきなのです。

 病気もまた自然の働きかけであり、地震のようなものです。
 病気の治りにくいひとは、考え方も、からだもとかく固くて、融通がきかないひとが多いものです。
 からだとこころの柔構造をもって、病気と共生し、食に意を払って生活すれば、やがて健康を取り戻すものです。
 病気は予防することが治療より容易であっても、人間はその努力をなかなか払おうとしないのです。               



 麺麭の思想 その11

 悠久の刻の流れのなかで、自覚をもった一個の人間がこの世に存在する時間は、ほんの瞬きにも似たわずかの時間である、とは古来からものを考える芦である人間の多くが認識してきたことである。
 
 いのちを与えられた生き物は死は必然である。生きるとは死にいたるまでの過程のことである。
 いかに生き、いかに病み、いかに老い、いかに死ぬか。この問題についてどの程度の思考と認識をもつかによって、生き方、病
気に対する対応の仕方がかわってくる。時代とその思想がその時代に生きる人間の生活の在り方を決定する。

 その時代の持っているコスモロジーの具現化がその時代に生きる人間の生活である
。時代の思想が常にわれわれを支配しているので、医療をうけるとは、いまの思想を容認し受け入れるということに他ならない。

 ひとつの文化がどのような体系を生み出したかによって、そこでひとびとが享受する生活の在り方が異なってくる。

 仏教の教えとは、人間が自らを如何に認識するべきかというコスモロジーを説いた宗教であって、人間がどこから来てどこへ行くのか、なにが人びとを苦しめている根本原因なのか、を考察するところから始まる。 

 インドのアーユルヴェーダは、現代のインドのなかで西洋医学よりも多く用いられている医学であるが、仏教はアーユルヴェーダの影響を強くうけて成立したとも言われている。

 アーユルヴェーダの宇宙観は、インドの思想の包括されたものと言ってよく、仏教にもヒンズー教にも、共通しているところがほとんどといっていい。インドで古来いろんな学派がいろいろ異を唱えて論争していても、インド人の宇宙観そのものに大きな違いがあるわけではない。

 人生の究極の目的も涅槃に入るということでアーユルヴェーダも宗教も共通している。
 涅槃とはいったい何かということが、われわれには言いがたい。
 仏教の国でありながら、日本人は涅槃に入ることを究極の目的とするようなコスモロジーの持ち主では決してない。

 日本人は究極的には唯物思想の持ち主で、涅槃などというものを目的にして、家や家族を放棄するような生活に入るような人間なぞ皆無である。豊かな生活を享受しつつそのなかで涅槃に入るのだ、というひとには事欠かないかもしれない。

 涅槃とは、人間にたいする自然の働きかけにたいしてその意に逆らわないということに徹する精神を獲得することと言えるかもしれない。あらゆる煩悩をはなれて天命に従うというこころは、西洋思想からは程遠い。

 科学思想というものは、人間が自然を支配し得るという立場に立つ。自然は常に不思議な平衡感覚を有っていて、失ったものや、失いかけたものを復元しよ、という働きを常にもっている。
 
 そのことを認識するか、全く問題にしないかが洋の東西のコスモロジーの差である。
 人間の肉体の働きはひとつの大自然で、常に良好にバランスを保とうという働きがある。この働きに逆らうのが反自然な生き方で、生を破る原因となる。自然がいかに生類の生命を守るかを教えるのが、アーユルヴェーダ医学である。

 スシュルタ本集という古典にして今もってアーユルヴェーダ医科大学の重要な教科書である医学書には、「順調なる季節には、草も水も保険に適し、之を用ふる人は生気・寿命・体力・勢力及活力を得。季節不順なるも亦運命の然らしむる所なり。実に寒暑・風・雨・其宜しきを得ざれば百草並に水は害を受く。是等を用ふるがために緒病起こり又は悪役発生すべし。
 故に百草及飲料水は無害なるものを用ふること肝要なり」( 大地原誠玄・訳) などということが記述されていて、インドのアーユルヴェーダ医師を志す学生は、こうした自然観をしっかり叩き込まれて医師として育っていくのである。

 そんなことは現代医学の学生でも分っているというひともあるかも知れないが、インドで学んで知るということは、それを行うひとになるということで、頭では知っているが手はまったく別のことをやっていることとは、質がちがうということを知る必要がある。

 涅槃とは悟るということであり、悟りは知行一致ということで、思想と行動とが一致していることなのだ。

 アーユルヴェーダを学ぶのは、インド思想が育んできた人間の幸福への原理を知って実行する人間となることであり、すべてのひとにそのことを教える人間になることである。
 いま日本の医学界でも、アーユルヴェーダが研究されつつあるが、西洋医学が不得手とする治療薬や治療法を求めるだけの研究対象であってはならないのは自明の理であろう。   



麺麭の思想  その12
            
 自然というものはやわらかい。そしてやさしい。日本人にとって自然は山であり川であり大地に豊かに生える樹々や植物のイメージであろう。荒れる海や、砂漠や、まして揺れる大地など荒々しい自然のイメージは日本人はあまり抱かないだろう。

 反対に人工的なもの、コンクリートで作られた堤防や、堰堤、ダムなどは自然の破壊だというイメージが強く、日本だけでなく、世界中で自然は破壊され続けているという思いはたいていの日本人が抱いている。

 熱帯雨林や、日本の照葉樹林が人間に無残に壊されていってるということについては関心も高く、反対運動もする。
 自然を守るとはあるがままにあらしめよ、ということが原則かも知れないが、いまや自然は人間が保護することなしには、守れなくなっているといえる。

 自然界に存在するものを天恵として人間が利用することは、破壊ではない。たとえばその土地に暮らすひとが山にはいって、山菜を根絶やしにしない程度に採集するなどというのは破壊にはならないばかりか自然を守ることにもつながる。

 しかし都会から大勢の人びとがおしかけてきてむしり取っていったりすると破壊にならぬとはいえない。
 海で魚をとるのも近代的なおおがかりの漁法でとり続けると魚を絶滅させるかも知れないし、年々漁獲高は減少し魚も小形しか獲れなくなった、という漁民の嘆きをよく耳にもする。

 山は削られ、海は埋め立てられ、海岸も川も護岸と称してコンクリートの岸壁と変じ、白砂青松の国土は自然破壊されたという痛ましさなしにはみられない風景が多くなってきた。

 しかしこうした環境の変化は目に見えてだれにでもわかるが、それに等しいおおきな変化が生活のなかに押し寄せ、生活環境のなかで起こっていると、見えにくく気づかない。 

 とくに医療のなかに、山を削るに等しいような不自然な治療があっても、ひとびとはそれが医学の進歩の恩恵だぐらいにしか思わない。自然を破壊するとは、ただ密林や山や海岸などの自然風土だけに留まらず、その環境のなかに生きる人間もまた自然破壊の対象たるを免れない。

 現代医学も人間という自然体を切り削り、あるいは改造し得る医療技術や、人工臓器もいろいろ開発し、自然の作用では決して起こらないようなことも沢山可能にした。

 検査の段階で使われるレントゲンの放射線にしろ、癌治療に使うコバルトの放射にしても成功すれば有効であり、やりすぎると原爆の被災同様の被爆を受けて、白血病を併発する危険性ももつ諸刃の剣である。

 検査を受けるために人間ドックに入院したのに、その段階で死に至ったひとも何人か知っているが、河口堰をこしらえて、しじみが全滅してしまった川の話を聞かされるように、やりきれないことだ。

 しかし新しい技術が成功したうまい話はマスコミでも大いに報道されるが、マイナスのデータはめったに表向きにされないので、臓器移植の問題にしても、成否についての判断材料はあまり与えられず、苦しんでいる患者の救済の急務が叫ばれて臓器移
植の必要性のみが表に現れてくることになる。臓器移植とそれにともなう脳死の判断の問題などは、反自然の医療の代表格である。

 私は病気が治癒するというのは、患部が元に復することだと常々考えていて、悪化した患部を切除してしまったり、代替え臓器移植の医療には賛成しない。

 世界には多くの自然で簡便な医療が埋もれており、アーユルヴェーダや漢方の治療のように、人体というひとつの宇宙を極力損なわずに、病気から健康へと導く医療術が現に行われ、そこでは患者が西洋医学で耐えなくてはならないような苦痛や副作用なしに、救われていってるという事実がある。

 西洋医学は富を背景にした、繁栄のなかの途上の医学であって、進歩した完成された医学では決してないということを知らねばならない。

 医療技術が進むということは、金に糸目をつけず新しいアイデアにチャレンジし、患者を試み、さらに富を生もうとすることであって、やりたいのは医療者側であって、患者はもっと簡単に治癒するかも知れない病気なのに過重な医療を受けているかも知れないのだ。

 治療の原則は、数学ではないが、必要にしてかつ充分という範囲であって欲しい。
 たぶん日本人がアーユルヴェーダや漢方のみで治療を受けると、治療されてるという感じが乏しいかも知れない。病気は地震や台風かも知れぬが、戦争ではないということをわれわれも現代医学も知らず、常に不毛な戦いにあけくれしているのだ。
 もっと自然をと医療にも暮らしにも望みたい。     



麺麭の思想 その13  混濁する世界

 世界は多様ではあるが、多様さのなかで相似の部分が広がってきているのが現代の世界の特徴だろう。どこかの国を一言で特徴づけるような説明は、気候風土の分類ででもないかぎりほとんど不可能に近くなった。

 人間の欲求や営みは現代文明の枠のなかで地域差を越えて平均化してきている。
 先進諸国の豊かに見えるものを手に入れたがり、固有の文化を維持することでは満足しなくなってくる。 

 すべての地域が先進諸国に習おうとし、その方向を志向する 固有の文明は次第に影が薄くなり、内面性の豊かな伝統的な生活は貧しさなのだと思いこむようになり、日本のような百年にして巨大に成長をとげた国は格好のお手本になって後進諸国の追い
つくべき目標となる。

 明治維新から今日まで日本人は西洋文明を固有の日本文化よりすぐれたものと捉えそれに追いつくことを目標にしてきた。 いまや経済の成長率が世界のトップに立つといわれるようになって、西洋やアメリカ並みの豊かな世界を獲得しているかのようにいわれているが、日本人の大方の生活の実質は借財による夢の先買いである。

 天文学的数字ともいうべき多額の国債を発行せずには維持出来ないような予算を組む国家から、黒字であるほど融資を多額に受けてさらに肥大化を計る企業、ローンを組んでマイホームから車、電化製品はいうにおよばず、生活の細部までカードローンの融資に依存する庶民生活が、豊かさといわれている生活の実態であって、借財を土台にして発展しようという計算で、豊かさというものがもたらすはずの、富の蓄積による生活のゆとりなどはほとんどないのが実態である。

 借金もまた借財という名の立派な財産ではあるが、これは安定した暮らしがずっとつづくという楽観的幻想によって成立している。借財による生活ほど自由からほど遠いものはない。世界のちょっとした異変やつまずきで借金地獄へ落ちかねない。

 バブルがはじけたというが、バブルというのは借財という土台のうえになりたっている日本人のくらしそのものだ。阪神大震災でローンで買ったばかりの家を失った多くのひとびとの嘆きが何度も報じられたが、無残な、まさに泡沫のごとき結末で、なにもかも失っても借金だけはチャラにはならないのである。

 かなり昔に大阪の阿倍野で猟銃を持って銀行に押し入ったやくざがいた。銀行員を人質にして警察官と銃撃戦をやったあげく射殺された事件であったが、この男は人質を盾にしながら、銀行員のひとりに銀行の金を持たせて借金をしている債権者に返済に行かせていたと報じられたことがあって、他人の生命を平然と奪うこんな無謀な男も、借金の地獄がそれほど怖いものかと、つくづく驚いたことを覚えている。

 犯罪に走る人の多くは、借金を苦にして自滅への道を歩みはじめる。借金を背負って幸福を先買いすることはできない。
 マイホームを求める人は仮に三千万円の家をローンで契約すると実際に支払うのはその倍額にもなることを何処かへ棚上げしてものを考えている。支払うべき金利も含めての総額が買ったものの値段である。

 ほとんどの医療機関も借財を抱えての経営で、医は仁術とか聖職などというきれいごとでは、この借財を背負った病院経営は乗りきっていけないので、唯一の収入源たる患者は、経営理念優先の過剰な医療の対象にならざるを得なくなる。 

 いまや世界中が金利を追って血眼になり、湾岸戦争のテレビニュースを見ていても、アメリカの迎撃ロケットがイラクのロケットを撃墜したというニュースの合間にすかさずドルの値段が上下するのが報じられたりして、戦争ですら投資の要素としか考えていない連中が世界を支配しているかに思えて、それを逐一すぐさま報道するテレビにも腹立たしく、救いがたい気持ちにさせられたものである。

 世界中の資本がいまや金利を追っかけてのサバイバルゲームである。
 バブルがはじけて多くの会社が倒産したが、倒産に追い込まれそうな時は、たいていの経営者はあらゆる伝手を頼りに借りまくって、被害をさらに大きくしてから倒産に至ることが多い。

 これらはとことん悪化させてはじめて病気に気づく病人みたいなものだ。
 幸福を金利のつく金で先買いするのが当然のようになっている現代の日本人は、金利を追うゲームの達人である政治家や資本家にマインドコントロールされているのである。

 マイナスの立場に立たされたとき、自分の暮らしの土台がどんなものであったかに気がつく。
 発展とか成長とかいうかけ声に踊らされて目先の利益や安っぽい幸福に目が眩み、堅実さを失った生活をおくってはならない。
 明日は約束されているとはいえない。人間は天地の狭間に拘束をうけつつも自由に生きることを欲する自然の子である。
 金利に生涯を束縛されるようなくらしと縁を切って内面生活を豊富にし、手ぐすねひいている連中の鼻を明かしてやろうではないか。 



麺麭の思想 その14  混濁する世界

 日本人は熱しやすく覚めやすい民族であろうか。根気づよく粘りづよい民族であろうか。
 確固たる思想や宗教をもち、地についた生活を愛し、堅実に生きていくのであろうか。

 新しい物にはすぐに飛びつき、父祖伝来の風習などは惜しげなく捨てて顧みない、初物好きの柔軟きわまりない民族とはいえないだろうか。耳に入ってくる風聞にはすぐになびいて、自分もそのように考えていると思うのでないだろうか。時代の風潮とか流行には敏感だがそもそも自分の頭でものを考える習慣をお持ちであろうか。

 オウム真理教の事件以来、日本の既成宗教が若者の心を惹きつけるものを持っていないからカルト宗教にひっぱっていかれるのだとか、大本山を持つ既成教団は現代人のこころを捉えるような努力をしていないという意見がたびたびでてきた。

 そのような意見に対してテレビで瀬戸内寂聴も「確かに若者の欲求にこたえるようなものを既成宗教はもっていない、恥ずかしいことだが…」という言い方をしていたが、私はそれを見てあれ!とすくなからずおどろいた。

 既成教団への批判は以前からあって、オウムの事件が起こってから急に批判の声がでてきたわけのものではないが、それらの意見や批判は既成教団の宗教家よ、しっかりしてわれわれを指導してもらいたいという要求から出される意見ではないのである。

 宗教に魅力がないから宗教に向かってこないのではなく、日本人は宗教的な欲求を本当は持っていないというべきで、仏教的にいえば菩提心を起こすひとというのは、小数派なのだ。

 宗教家というものは、菩提心を起こすべく布教すべきであってその努力が不足しているとでもいうのだろうか。
 とんでもない話である。世界の三大宗教はいうに及ばず、真摯に道を求めて深められてきた宗教は現代人がパソコンの性能をでも比べるように、ちょっとのぞいてみたら総てが分かってしまうような低次元の仕掛けをもったものではない。
 求めて来るものには充分に応えるべき豊かなものを持って待ちうけているのである。

 宗教は本来布教すればよいというものではなく、仏教では出家を求めてきても、それに相応しい魂を持った人間であるかどうかよく見極めてから弟子になることを許可するのが本来の姿で、出家を強制するなどという馬鹿馬鹿しいことなど有り得ないのである。

 布教は出家の勧めではなく、人間の本然の姿に気づかず、四苦八苦している衆生にその地獄から抜け出るすべ、苦のありのままの様相、実相を見極める目と心を開くための法理を教えること、法施することなのである。

 求めてこないひとのところへまで押しかけて行って折伏するなどというおせっかいは、仏教にとっては邪道もいいところであろう。
求めていって辿り着いた先の師〈グル〉が、もし邪悪きわまる低劣な魂の卑しい人間であったとしても、怨憎会苦という修行の場を与えられた自分のカルマ(業)だと思って受け入れるほかないと考えるのが、宗教を求めるということなのであって、安全無害でピースフルな宗教などというものには、そう簡単に巡り会えるものではない。

 宗教というものは手軽ノ学べるカルチュア教室ではないのである。ここ百年前後に輩出した各種の新興宗教を信仰して、私財を擲った信者を身近に知っている人も多いことだろう。

 教祖は人助けに献身しても、ひとたび組織化され、組織が肥大すれば、センスのわるい取り巻きなどが金集めに狂奔することになりがちである。

 そのようなリスクが宗教には常にあって、だからこそ昔から日本人は、触らぬ神に祟りなしと言いならわして、宗教に本能的に警戒してきたともいえるのである。

 宗教は常に個の魂の救済であって、世なおしなどと口ではいうけれども、大きく社会を動かすような政治的機能などは、宗教が持つべきではないのだ。
 日本の宗教が種々雑多で、あらゆる宗教に節度なく接する人間が多いのは、庶民の健全さの現われであって、のめり込むような宗教への接し方をすることのほうが、いささか異常なのである。

 現代の日本人が宗教的な感情をそれほど深く生活の土台に据えていないのは、宗教を上から与えられ、ものの見方を律しられて、魂を他から支配されることを好まない民族性を強く持っているからであるということもできる。

 戦前、五十年以前の日本人は、無能力な政治家によって、ファシズム徹底の手段として皇国史観に基ずく国家神道を強制され、現人神の崇拝をさせられて、無辜(何の罪もない)の民は、勝ち目の全くない無謀な戦に引き込まれて悲劇を舐めさされてきたのである。

 政教分離の考え方はその反省から生まれたものだろうし、政治が宗教を組み込んで、国民に何事かを強制するような時代は、二度ときてほしくはない。

 もし宗教が強大は影響力をもって、政治を抱き込んだりしたら、この世は暗黒であろう。
 歴史の長い既成教団が、お布施を強要したりせず、檀家制度の枠のなかで仏教の精神を抱卵しつづけて、もし門をたたくものがあればそれに充分応えられたら多としてよい、というのが、私の考え方である。     




麺麭の思想 その15

 諸悪の根源というふうにもちいる根源という言葉はたぶんよく使われると思うが、
どんな問題を考えるにしても、根源にさかのぼって思索することは重要であると思う
が、日本人はあまり根源的な思考をする習慣がないようである。
 「源に遡るものはきわめて少数である」とロマン・ローランはラーマクリシュナの
生涯という著作の序文に書いているが、人間は常に充分にものを考えながら生きてき
たわけではないようだ。思想というものは時代の支配を強く受けていて、時代の雰囲
気が一見新しいかと思うような思想を生みはするが、新しい思想が新しい時代を支配
してきたとはいいがたい。人間の歴史は思想の挫折の歴史だったといっても過言では
ない。唯物論のチャンピオンたる共産主義社会も、不平等窮まった社会を変革するこ
とで、人間に幸福をもたらそうとして形成してきた思想であったはずだが、現実の社
会は理想し思想しするようには動かず、センスの悪い権力志向の野望家の餌食にされ
て、無辜の民の(罪もない民)苦しみをいや増しただけの結果をもたらした。建て前
が真の自由主義平等社会だというだけで、実態は体制を維持するため批判勢力を弾圧
したり粛正したりして個人崇拝を強制させ、権力を握った一部の人間が、国民を抑圧
し欲しいままに支配するような社会が実態だったのである。人為的なあるいは人工的
な社会や組織のシステムというものは、自然に成長し発展してきた社会にくらべると、
均衡が保ちにくいということだ。均衡というのは陰と陽の調和であって、合理と不合
理、善と悪、正義と不正義が混在しているということであろう。矛盾を含まない社会
を理想とするのは幻想にしか過ぎない。
 宗教も教義を具現化することに性急になると、良識からはほど遠いものになる。
 経験を踏まえてこない理論というものは現実をひっぱり動かしていくには、不備が
おおいということだろう。ある理論や理想のもとに集まったコミュニティーというも
のは、崩壊しやすいのだ。トルストイに触発されて生まれた新しい村なども、成功し
た例はすくないということである。ひとつの思想や意思で統一するということは、人
間の本性を無視しないでは成り立たないのである。理論が明解で緻密になるほど、そ
れに従わねばならない人間は束縛感を強く抱く。日本の憲法を政治家がどのように拡
大解釈してこの50年を過ごしてきたかを考えると、法律も法則も欲求のまえでは空文
化させてしまうのが、現実の人間のやりかたで、ああいえばじょうゆうなどと笑う資
格など何人が持っているだろうかと思う。
 長い歴史を持つインド世界の各派の思想の中で日本に伝わっておおきな影響を与え
てきたのは仏教だが、仏教では人間の際限のない欲望こそが諸悪の根源であると考え、
欲望の制御や放棄を教え、他人に施すことや神にささげものをすることを尊い行為と
してきた。
 そういう無欲寂静の境地へ至る階梯として座禅、すなわち瞑想などを教えてきたの
である。人間の真の平和はこころのなかに確立することで、恣意のままに欲望を満た
しても本当の安心は得られないばかりか、自己中心主義の餓鬼道に落ちるばかりで世
の中のバランスが保てない。
 世の中の均衡を保つためには、より多くもつものはもたざるものへ施すことであり、
他人に施すことは損をすることではなくて、むしろ自己の徳を増大させる喜ばしい積
極的な行為だと考えてきたのである。布施をするとは自己のたましいを向上させるこ
とで、いまなにがしかの布施をすれば将来何千倍にもなって返ってくるなどという功
利を期待してするものではない。無償の行為が布施である。
 もし布施に対する期待を持つとしても、来世に生まれ変わったとき畜生や虫に転生
することのないようにという願望ぐらいである。
 人間がはたして本当に欲望を放棄できるだろうか、とたいていの日本人は疑問を抱
くことだろう。インドのひとたちには、このような疑問をだれかになげかけられると、
ためらわずにその通りだと応えて、とうとうと解説をしてくれるに違いない。ほんね
とたてまえとの使い分けなどと日本人はすぐに思うが、欲望を断ち他人に施すことこ
そ人間の理想の在り方だという原則(法・ダルマ)がなににも増して優先し、大多数
の人間がそれを認識している社会というものは、なにひとつ規範を持たない社会にく
らべると、はるかに優しい社会とはいえまいか。
 現在の日本で無党派層などといわれるひとたちが増えつづけているのは、規範なき
政治や社会現象に対して民衆が本能的に抱く不信感の現われである。
 だから規範をもてといいたいのではない。
 無秩序な社会は、均衡が保てなくなる時が、必然的にやってくるだろう。やがて壊
れ、そして混沌がつづき、均衡の保ちかたを模索するながい時代がやってくる。そう
いう変化が政治にも文化にも精神界に起こってこなくては、人類は進化しないのでは
ないか。
 人間が生存して行くために必要な、理想の理念はとっくの昔からいいつくされている。
 もう聞き飽きたよといいたくなるくらいである。人間の歩はまことに区々たるもの
なのであろう。人間をとりまいているのは、無数の真理であって、真理はひとつなど
という幻想に振り回されて、立場の違うひとを敵視してはならない。私の好きな仏教
のことばのひとつ。共生浄土。武器をすてよ!   


麺麭の思想  その16

 ことし終戦五十一年目を迎えた。もはや戦後ではないなどといいだしたのは、戦後十年目ぐらいだったのだろうか。そんなことをいいだしてからまもなく日本は高度成長期に突入していった。

 一九五○年に勃発した朝鮮戦争は日本の復興への景気刺激となって、高度成長への基礎固めの役割を果たしたことはたしかだ。
 不就学児童だった私は、そのころバケツを下げて大阪の町をうろつき、鉄屑や真鍮屑を拾い集めては、朝鮮人の経営するヨセヤにもっていき、鉄屑は一貫目十円、真鍮は三十円で売って、失業してアル中のはじまっていた父に変わって九人家族の家計を支えていた。

 そのようにして拾っていた鉄屑が弾丸にばけて、隣国朝鮮で戦争に使われていて、買ってくれていたヨセヤの人のいい朝鮮人が、じつは故国の同胞を殺戮するために手を貸していて、やがてパチンコ屋などを経営したりしてのしあがっていったのだ、などということを知ったのは、ずっと後のことことである。

 日本が加害者となって、戦争の惨禍をなめたアジアの諸国は、日本が終戦を迎えて再建に立ち上がっているさなか、ふたたび執拗に戦争に巻き込まれたりして、いまだに揺れて定まっていない国もあるといえる。

 薄氷を踏むというが、地雷を警戒しながら、おそるおそる大地をはだしで歩きながら生活をしているひとたちを見るにつけ、五十年も昔に戦争にさっさとけりをつけてしまって、驚異の繁栄を実現してきた日本人を、なにか許し難い思いで見ているだろうと思う。

 日本の政治家や大企業の経営者はあまり過去に拘泥しないのか、都合の悪いことにだけ拘泥しないのか、戦争責任にかぎらず、自己の責任による正邪善悪の判断にたいして、歯切れ悪く、遺憾に思う、とはいっても、悪かった、反省しています、償います、と明確にはけっして言わない。

 従軍慰安婦の問題にたいする対応も、責任は国民に帰するような安配だし、敗戦五十年の国会決議も、世界の目を気にしながら、誰かがいいだすから惰性でしぶしぶやってるという感じで、出てきたものは、日本の政治家の本音を絵に描いたようなもので、一種のだまし絵である。

 このような日本人の鵺(ぬえ)的な無責任体質に対して、アジア諸国の民衆は、許し難いような怒りと怨念をむけているようだ。責任を回避しているとしか受け取れないあいまいウはわが国会議員の十八番である。

 国家としては十分に戦争責任にたいして責務を果たしてきた、という理屈が成立するだけ、国家間では賠償金を使ってきたのかもしれないが、臭いものには出来るだけ蓋をしておこうという逃げ腰が、日本の為政者たちの変わらぬ姿勢である。のみならず、過去の戦争責任を自覚するよりは、これを正当化しようと努めるような発言が、内閣が変わるたびに、かならず一、二の新大臣によってなされ、批判されてはすぐあやまってひっこめるという茶番劇がくりかえされる。

 これは歴史にたいする意識の低さや失言というよりは、なにかねらいがあって、意図的にやっているのではないかとすら思える。
 そのとおり!とそれに喚起呼応する国民の多数になることを期待しての犠牲的発言だろうか。

 敗戦によって挫折した軍国主義の野望、日本による他国への侵略支配への夢を捨ててはいないのではないかという気がするほどである。

 常に怨念を日本に向けている外国の民衆にとっては、このような失言のニュースがながれるたびに、歯ぎしりを噛む思いがするにちがいあるまい。怨念をもつことを知らない日本人には他国民の怨念の深さが想像も出来ないのである。

 原爆で虐殺された怨念補償をアメリカに主張した日本人がいたろうか。
 だがこれらの怨念をかきたてるような政治家の態度は、自国民にたいしてもなんらかわらないので、たとえば水俣などの公害と戦ってきた被害者に対する政治の冷淡さは一貫している。非を公式に絶対に認めないのが、政治家たる責務とでも認識しているようだ。

 弱者にたいする冷淡は、世の東西を問わず支配者層の先天的資質かもしれない。
 今世紀(20世紀)末までのこの数百年間、科学文明をおしすすめてきた先進文明を持った国家は、発見とか開拓精神とかいいつつ、武力で弱者のいのちも、もちものも、当然の権利でも持つように奪ってきた。

 奪われ続けてきた弱者が、奪った強者と対等に交渉の机についたことなど、ほとんどなかったのではないか。
 ドイツのワイツゼッカーのいうように、戦争責任にたいする謝罪は誠心誠意をこめてのものでなくては、絶対に怨念を溶解することが出来ないという良識の声を、謙虚に聞かなくてはなるまい。

 政治家の一挙手一投足がつねに瞬時に世界へ報じられる時代になっては、日本人の戦争責任を問われる問題に関しての政治家のレスポンスの鈍さは、日本人全体の不誠実さとしてうけとられても当然である。二十世紀の人類の戦争経験は、戦争の不毛であることを証明してあまりあるが、いまだに侵略目的というよりも、不信と憎悪を動機に殺しあう民族のいかに多いことかを見るにつけ、怨念の種に水をかけるような日本の政治のありかたを反省しなくてはならない。

法句経にいう。

 【実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。】

 この法句経のことばを、日本人に怨念を抱くひとびとに聞かせる資格を日本人はもちようがないではないか。          





麺麭の思想  その17

 フランスが原爆実験をおこなった。二十一世紀に向かって、世界の趨勢は、原爆実験も原爆そのものも廃止しなくてはならぬという平和指向のように見えるが、原爆の先進国は、原爆のノウハウも保有量ももう十分にあって、それは横に置いといての実験はもうしないという話で、保有している原爆は五十年前からいつだって使える条件はととのっているのである。

 ハンディキャップをつけようのない奇妙な世界の現実ではないか。
 核後進国は強大な核の脅威に対抗できるだけの力をもたなくては、枕を高くして寝られない気分で、開発に邁進してきたのであろう。
 私はフランスの実験にはもちろん大反対だが、核兵器はアメリカやロシアが率先して廃棄してしまうという良識が前提とならなくては、核後進国の開発は歯止めが効かないのである。

 核兵器の問題だけでなく、原子力発電にしても、自国で建設する技術をもっていることは、核兵器の製造能力に限りなく近いことを意味しており、単に電力の確保という枠をこえて、軍備の底力を暗示させているのではないだろうか。日本の政策が原子力発電にこだわる底辺には、核兵器こそもっていなくとも、核を開発し使いこなせる能力を持っていることを世界に誇示しているのである。

 被爆国だから核アレルギーをもっているなどというのは単なる感傷的な一面にすぎない。
 核アレルギーがほんとうならば、万が一のリスクを常にもっている原子力発電に安易に力をいれず、安全な代替エネルギーの開発にもっと真剣になって取り組むはずである。

 政治の論理は庶民の論理とは常に一線を画していることを庶民は自覚していなくてはなるまい。

 第二次世界大戦までの歴史で、各国が軍備の劣る後進国に戦争を仕掛けてきた動機は、他国を侵略して領土を広げ、被侵略民をこきつかい、資源を安価に手にいれて、世界にその威を誇り楽々と肥え太ろうということであった。

 国威を誇るとは、戦争に強くなることであり、そのために軍備を十分に備え、他国が食指をのばせば、逆に叩きのめすだけの力があるということであり、弱くて腕力を振るえそうな国には、なんだかんだと口実をもうけて侵略してきたのである。

 日本がながい鎖国の眠りからさめて、世界を見渡したとき、手本とすべき西洋諸国は、それぞれ植民地をもち、甘い密をなめていたわけで、これを見習わない法はないと当然のように考えたはずである。

 追い付き追い越すというのは、基礎科学から軍備までを、自衛のためだけでなく、他国の植民地化もふくめての目標だったのである。
 現在の日本がそんな野望をいまだにいだいているなどと日本人は思いもしないが、かっての日本による被侵略国は、警戒心を放棄したわけでは決してない。
 疑心暗鬼の種は、侵略戦争を体験させられた国ではいつでも発芽するし、大国といえども後進国が核兵器などを常備すれば、いつ発火するかもしれない火種だと思えば、安心してはいられないのである。

 総じていえば、人間は良識に従って行動しないものだということを、過去の歴史は教えているのである。
 良識は一部の人間のもつもので、権力を手にした政治家などはもちあわせてはいないものである。
 人間には、善悪を問わず、なにごとにおいても行動する能力を神と悪魔から与えられている。

 善を行うについては悪魔から。

 悪を行うについては神からである。

 なぜなら人間は、神の意思にも悪魔の意思にも逆らってばかりいる天の邪鬼だからだ。
 ひとがどんな行動をしようとしているかはそのひとの意思が決定するものにはちがいないが、だれかがどんな悪事をしようと意思していても神はこれにいっさい干渉はしない。
 どんな善を行おうとしてそのために困難していようと、神はいっさいこれに手助けなどしてはくれない。

 またどんな悪事をたくらんでいても、悪魔はそれに手を貸したりはしない。
 神も悪魔も善悪を問わずに人間の行為を高いところから見ているだけである。
 主体性をもって自分の意思で責任をもって行動するということが、神と人間との契約ではないか。

 神は人間がどの道を選ぼうが、そのもたらされた結果によって、自ら学ぶだろうとかんがえているに違いない。
 だから人間は善も行えば悪をも行う。

 なにが善で何が悪であるかということも人間が自ら判断すべきことで、神も悪魔も教えるところではないのである。

 核実験をやるか否か、あるいは保有をやめるか否か。ここまで究極の兵器を作り上げた人間が、神に逆らうか悪魔に逆らうかは、人間が自主的に選択すべき課題である。
 神の御心や悪魔の意思に人間をゆだねてはならない。

 人間は自分で道を選択する。
 平和か戦争か。
 創造か破壊か。
 選択を誤れば、痛い目にあうのは人間であり、悲しむのは、神でも悪魔でもなく人間である。

 人間に与えられている能力と権利と、そして生存の目的について、鍵をにぎるひとたちが謙虚に考えるべき究極の時、それがいまではないだろうか。
                      


麺麭の思想  その18  共生浄土

 この秋に三冊目の詩集・共生浄土(ぐしょうじょうど)を出すことになった。
 この文章が活字になるころには森で拾ったどんぐりの実のような印象のちいさな詩集ができあがっているだろう。
 二十代のおわりに雨季という処女詩集をだした。
友人の画家がふたりがかりでユニークな装画を何枚も描いてくれて、二十編足らずの詩ながらなんとか詩集の体裁をととのえられた。
 いまから思えばこわいもの知らずの、猪突猛進の結晶ではあった。

 二冊目は四十代にはいってすぐ、出版社をはじめたばかりの友人が、新規購入した写植機に慣れるための練習をかねてといいながら徹夜までして版下を作って出版してくれた。モノローグドラマ二本と詩編とを組んで一冊とした、がらんどうは歌うという詩集である。

 題名になったのははじめて書いた戯曲で一人芝居の脚本である。

 浜崎満さんという俳優のために書いたレパートリーのひとつで、のちにインド学の学者やら僧侶、写真家な十人ほどに参加してもらい、劇団・阿修羅というのをこしらえて、わたしは裏方を担当したりしながら各地のお寺などを上演してまわった。
 この詩集は、がらんどうは歌うの舞台を見てくれたひとが競うように買ってくれてたちまち売りきれてしまった。

 上製本もこしらえてくれて何冊か大切にしまっていたが、いつの間にかだれに貸し出したかわからないまま無くなって、手元には普及本が一冊、それもだれかがぼくが持っていないことを知って同情して、そのときぼくが贈呈したものを返してくれたのである。
 それから二十年ちかくが経過して、その間に健康食品関係の雑誌に依頼されて書いたり、同人誌に書いたり、詩展を開くために書き下ろしたりしたものが百数十編余たまったなかから一二〇編ほどを選んだ。

 すこし欲張って詰め込みすぎかなと思わないでもないが、来年は還暦とやらを迎える年になったので、いわば死亡実年の真っ最中の危険な年齢なのでこれが最後の詩集になるかもしれず、つぎつぎと詩集を出したりすることはあり得ないので、あらかたまとめてしまおうという魂胆である。

 日本中に詩を書いているひとはすくなくないが、ほとんどは同人誌よって書いている。三号雑誌ということばがあるように、うすっぺらであっても、同人誌の継続はなかなか困難である。

 私も風葬という名の三号で挫折した同人雑誌を経験したが、風前の詩人にとっては、発表の媒体がなくては書きつづけることは容易ではないが、持続している同人詩誌に席をおいてあまり根気もないのに詩だけはよく書きつづけてこられたのである。

 こんどの詩集はまだ装幀も決めていないが、出版社にはひとつ注文をつけて考えてもらっている。それは現在日本で出版されている本はすべてカバーをかけており、さらに帯をつけてここに推薦文などをいれたりする。

 本屋の棚に並んでおおくのひとが触っているうちに、帯が取れたり、カバーが破れたりすると、出版社は返本された本のカバーと帯をつけかえて、また流通に乗せてゆくし、値上げするときもカバーを取り替えたらそれで済むわけで、現在の出版物は奥付けには定価を印刷しなくなっているのである。

 そしてカバーをつけるせいか、カバーの無くなった本の表紙は、シュミーズ姿の女やステテコをはいたおっさんのような感じで、下着姿か裸のような感じでしかないのである。

 昭和の一〇年代から二〇年代にかけては紙質の悪い出版物ではあるが、いまの本に比べると、きちんと表紙のデザインが工夫されていて、簡素であっても愛着を覚える上着をつ けていて捨てがたいものが多い。

 最近は古書店でも戦中や戦後のそうした本にはめったに出会わなくなってきたが、だれ も目を通さないまま時代を経て古書店に姿を現したりする黄変色したページの本に出会っ たりすると、ひどくなつかしい時代の文化の香りを感じて、少々固い哲学書であってもた らわず買ってしまったりするのである。

 こんどの詩集・共生浄土はカバーなしで上着を着ている本を作ってみたいのである。
 カバーをつけかえることで値上げもリフレッシュも思いのままという商習慣は、出版社 にとっては便利この上ないだろうが、外国のペーパーバックにしても上製本にしても表紙一枚それだけで本の上着になっているではないかと、文庫本も新書判もカバーでカバーしている日本の本には釈然としないのである。

 しかもカバーが失われた本は古書店でも買い取ってくれないというのは、表紙が顔になっていなくて、下半身であるからにほかならない。
 時代がひずむとあらゆる部門にそれが反映される。大地の荒廃はそこに生きるすべての いのちあるもの、そこで人間が生産するあらゆる品物にまで変貌を余儀なくさせる。

 書物もこの時代のなかでは、書架に大切に蔵されるものではなくなってきて、新聞や雑誌なみに扱われる時代になってきた。
 書物が人間の精神、魂の躍動の結晶であった時代は過去のものになりつつあるのか。

 詩人の直感も哲学者の深い思索も、宗教者の敬虔な祈りも、いまでは書物のカバーのごごく片々たるものと変じて、増えつづけるごみの山のなかに埋没してしまおうとしているのではないか。書物が価値なき精神の象徴のように扱われ、ときの為政者から危険思想の対象ともされなくなってしまうのが、書物の未来の運命ででもあろうか。
                       



麺麭の思想 その19

 この連載のタイトルは麺麭(パン)の思想というあまり普段使わない文字を使ったために、なんと読むのですか、と何人かのひとに質問された。なかには(ラーメンの思想)と思いこんでいたひともいたりして、あまり難しい漢字を使ったりするのは考えものだと反省したりもした。  

 麺麭という漢字にした理由は、パンと書けば、ごく普通のケミカルイーストでつくられている、インスタントパンのイメージが強いの
で、天然酵母パンを、それらのパンの文明批評として位置づけて、普及につとめてきた私の立場を鮮明にしたかったわけである。

 パンを麺麭と書けばなにかが鮮明になるというようなものではもちろんないけれども難かしげな漢字を前にして、すこし考えてみてくれる程度の効果があるかも知れぬという計算であった。  

 厳密な意味での醗酵食品としての麺麭は、ほとんど市場から姿を消してしまっていて、インスタント醗酵させたパンがまかり通っているのに、なにひとつ問題も疑問も抱かないような表層的な文化のあり方というものが、あらゆるジャンルで似たり寄ったりであるということは、文化が熟成しないし、根づいてもいないということで、日本人の思考力というものの限界が露呈されているように思えるのである。  

 言葉に関しても同じく、矛盾や曖昧さをかかえたまま規制されて、たいして疑念も抱かずに使ってきたわけである。
 最近、ら抜きことばを認めないという報道がされて、国語問題を改めて思い返してみたわけだが、ら抜きが国語を乱脈にさせるとでも考えているらしい審議会は、自らがスポイルしてきた国語にたいしての悪影響などには、なにひとつ気づいていないようである。  

 ら抜きを云々する連中が、「ら致」などという奇妙な書き方には平気でいられるというのがなんとも不思議ではないか。
 日本では敗戦後になって、国語にたいして政治的にさまざまの規制やら規則が、国語審議会というものによって設けられてきた。  教育漢字とか当用漢字とかをきめて、新聞などの記事はこれに従って書かれていて、熟語によってはかなと漢字の合成語などがよく使われていて、しばらく考えないと意味のわからないことばがたくさんある。ら致、とか、補てん、とか。

 漢字の規制もそうだが、歴史的かなづかいをやめて現代かなづかいを採用したりしたのは、国民の学習能力を見下した愚民政策のひとつだといえるだろう。

 学習しやすいように簡便にしようというのは親心のつもりかも知れないが、おかげで明治の文学も満足に読めない程度の国語力しかないようなひとがおおくなって、古文を読もうとすれば改めて歴史的かなづかいになじんでいかなくてはならない。

 古文を読もうとしたらいやでも旧かなづかいを避けては通れないわけで、簡便にしたために自国の伝統文化から遠ざけ、かえって煩雑さを生むことになるということなど考えもしないらしい。

 千数百年の伝統を、官僚的な発想で簡単にきりすてるようなことは、生きていた文化をそこから先は化石化させることで、いってみれば奈良の大仏を毎年原色のペンキで塗りかえるよりもセンスのわるいことではあった。

 福田恒存などは歴史的かなづかい論者の先鋒で、国語問題を論じ歴史的かなづかいの教科書でもあった(私の国語教室)という本は新潮文庫でながくつづいていたが、これも最近では見かけなくなってしまった。

 いまでも旧仮名づかいで小説を書いているひとは何人かいるけれども、きわめて少数派であって、いずれ駆逐されてしまうのは明白である。

 文庫本にはいると、漱石も鴎外も新かなづかいにあらためられてしまうのである。
 私もこうした問題にかんしては、無神経に伝統の文化を破壊したくない立場で、極端な保守派でありたいのだが、いかんせん旧かなづかいは完璧には身についておらず、書きこなせるとはいえない。新かなづかいもあやふやで、いい加減なところでものを書いているのである。

 ついでにいえば、ローマ字も日本式というのは、海外旅行でサインひとつするにしても理にあってなくて、ヘボン式というのが、外人もともにもちいる書き方で、世界共通のやり方ではないのか。  古い町名の変更などもそうだが、政治や行政側がどうしてこんなことをさかんにやりたがるのか、庶民の良識の立場からは理解できないが、お上のやることだから、と納得のいかないことにもしたがってしまうのであろう。

 伝統や古くからのしきたりを、あっさりと放棄して、新しいものにとびついていくというのは、日本人の融通無碍な性質を現していて、日本の脅威的な敗戦後の発展は、この特質あってなしとげられたものだろう。

 しかし改革すべきものと、保守すべきものとの、判断の基準をどこにおいているのかが、ジャパニーズスマイルのようにきわめて曖昧模糊としていて、日本人の特質だろうか、およそ思想性は欠如している。おおくのことが、あまりにも官僚的に軽薄に決定されていたのではないか。お上と下々というヒエラルキーの意識が、政治とか官僚の立場を獲得するとあらわになって、下々を愚民のように見立て、あれこれと規制して枠にはめたがるのである。

 敗戦後五〇年たって、一時あれほど日本人の意識にあった主権在民というデモクラシーの意識は姿をひそめ、支配しやすい国民性に育てあげられてしまったのではないか。

 無党派層などという政治離れは、政治の危機ではなく、国民の危機であることを認識す必要があるが、妙薬はどこにもないというのが現実であろう。      

              *********** 終わり ***********




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パンを食べました

こんにちわ、始めまして。今日奈良に住む義妹が岸和田の我が家にやってきました。彼女は余命2月から生還した癌患者でしたが、その後前向きに生きて、朗らかにすごしています。またいろいろな体験や勉強を通して自己の向上を目指しているようです。 今日は自分で焼いたという楽健パンを持参してくれました。また私の家内(彼女の姉)をフミフミしてくれました。 実に示唆にとんだ「楽健法」ありがたいご縁で勉強、活用させていただきます。
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